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オタクノ作る時間

バイトと学校を除くとほぼ引きこもってる学生のブログ。主に映画の感想とノベルゲーの紹介。週一更新から不定期に移行。

『カオスチャイルド らぶchu☆chu!!』ネタバレ抜きで感想を。

科学アドベンチャーシリーズ最新作『CHAOS;CHILD らぶchu☆chu!!(かおすちゃいるどらぶちゅっちゅ)』をクリアしたので感想を書く。

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このゲームは『カオスチャイルド』のファンディスクであるため、このページに来てくれている人の大半は『カオスチャイルド』のファンで、なんなら既にこのゲームをクリアしている人も多いと思う。しかしまだクリアしてない人のことを考えて、ここではネタバレ無しの感想しか取り扱わないこととする。それからこのカオスチャイルド らぶchu☆chu!!』は完全にゲームクリアむけのゲームなので、アニメしか見ていない人は買っても話が分からないと思う。アニメ版を観て興味を持った人はこのページを読んでも意味はないので、とりあえずゲーム本編をクリアしてほしい。

 

それでは…

カオスチャイルド』は筆者が大好きなゲームなので、アニメ化とファンディスク(本作)の発売がアナウンスされた時は本当にうれしかった。でもアニメ版は、放送前から1クールしかないとわかってガッカリしたり、実際に放送が始まってからもあまり出来が良くないと感じて、喜べなかった(もちろん良いところもあったのだが)。アニメ化に失敗したな~と残念に思っていた時に最後の希望として残っていたのがこの『CHAOS;CHILD らぶchu☆chu!!』で、こちらは結果的に満足のいく出来であった。ほっと胸をなでおろす思いである。

このゲーム、正真正銘のファンディスクなのだが、少しだけ続編の要素もある。だから単なる非正史ストーリーとしてではなく本編の延長線上にあるものとして楽むことができる。しかしそれもまあ、言ってしまうと蛇足ではある。『カオスチャイルド』自体が完全に本編一本で過不足なく完結していたため、続編の要素があってもこのゲームが話として必要であるとは思えない。しかしもちろん、ファンにとってはそれが必要であり、“嬉しい蛇足”なのである。もう一度あのキャラクター達に出会えただけで楽しかったし、この手のファンディスクとしてはじゅうぶん納得のいく一本だった。というか、ファンディスクとはそういうものだろう。

オープニングから良い意味で酷い(妄想爆裂)演出で笑わせてくれるし、お馴染みの阿保剛の音楽も重々しかった本編の音楽をポップにアレンジしてあり、それだけで笑える。もちろんストーリーもギャグ全開で笑わせてくるし、行き過ぎた下ネタを大真面目に声優さんたちが演じている様は、ちょっと凄いものがある。特に主人公を演じた松岡禎丞さんはその熱演でプレイヤーを全力で笑かしにかかってくるので、大したものだと思った。めちゃくちゃ笑いました。頑張り過ぎです。カオスチャイルドのキャラと“らぶっちゅっちゅ”できるシナリオは非常に楽しく、陰惨な本編とのギャップで救われる思いになる。この下ネタがこのゲームの魅力の9割である。

しかしあえて不満を言うと、好きなキャラクター達が和気あいあいとしてて笑えるものの、ちょいちょい度を過ぎてると思えるほどの変態的妄想が出てきて筆者は少し引いた。なんというか、プレイヤーそれぞれの性癖があると思うので、笑えるポイントが違うのは仕方ないと思うのだが、筆者は主人公のロリコン的妄想は気持ち悪く感じた(笑)。年上好きなので赤ちゃんプレイとかは爆笑したんですがね!

あとこれも不満要素なんだけど、明らかにイベントシーンの絵師が本編の人と違うので違和感がある。そしてキャラクターに関しても、このキャラがこんなことするかな?と感じるシーンが少なくなく、絵の違いとセットでプレイヤーに“二次創作感”を感じさせてきたりもする。うーん、ちょいちょいパチ物感がするのがなんともなあ…。『カオスヘッド』のファンディスクのほうは違和感がまったくなかったのだが。

 

~まとめ~

総じて、大変楽しいファンディスクだった。『カオスヘッド』のファンディスクの不満点を解消してあって(新たな不満点もあったが)、満足のいく一本であった。ここにかいてあることには不満点が目立つかもしれないが、全然楽しいゲームなので、『カオスチャイルド』のファンは迷わずプレイしてほしい。

 

では、読んでくれてありがとう。

 

『かまいたちの夜2』クリア後の感想。

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先日、PSP用ソフト『かまいたちの夜2 特別篇』をクリアしたのでその感想を書く。しかしまずはその前に、前作である『かまいたちの夜』に対する筆者のスタンスを軽く述べておこう。前作『かまいたちの夜』は筆者にとって無二の特別なゲームであり、ノベルゲームという媒体の可能性を信じさせてくれた特別なゲームだった。プレイヤーが、自分の手で推理をしなければ被害者がどんどん増えていくという閉鎖空間におけるサスペンス体験はゲームならではのものであり、小説でも映画でもなし得ないエンターテイメントは筆者にとって非常に衝撃的なものだったのだ。ましてやこのゲームはまだまだサウンドノベルという媒体が確立していなかった頃の作品。というか、この作品がサウンドノベルを確立したのである。昨今のノベルゲームも全て『かまいたちの夜』の影響を受けていると断言できるし、そしてそのどれもが原点を越えているとは思えない(マルチサイトやフローチャートを用いたものなど、進化形は生まれたが)。大げさにいうと、初めて作品世界に干渉できるエンターテイメントがノベルゲームという形で成立したのだと思った。まさに原点にして頂点である。

で、今回取り上げる、その続編の『かまいたちの夜2』はどうか? 結論として、こちらは平凡なホラーサウンドノベルになってしまっているという印象だ。プレイする前から賛否両論であるということは知っていて、ある程度ハードルを下げて臨んだつもりだったのだが、覚悟していた以上に微妙な出来であった。

確かにプレイを開始してしばらくの間は、前作に比べて格段に進化した演出やお馴染みのシルエットなど、非常に楽しめていた。前作と同じ最高の音楽と、読ませることが上手い演出。ダラダラと紙芝居を見せられるだけのノベルゲームもたくさんプレイしているから、やはりチュンソフト製のテンポの良さというか、基礎のレベルの高さには唸らされた。

しかしメインなる「わらべ唄篇」を終える頃にはもうガッカリしていた。密室サスペンスの要素は薄いし、容易に特定できる真犯人には拍子抜け。前作のような緊張感はないし、前作での醍醐味、「プレイヤーが物語に介入している感」が全然しなかったのだ。本当に、話を読んでいるだけというか、自分の手で被害者を減らしている感がしない。これでは平凡なノベルゲームである。『かまいたちの夜』という冠でこの出来は非常に残念だった。

前作と同じテイストを避けたことは良しとしよう。吹雪の中のペンションから、江戸川乱歩横溝正史っぽい孤島を舞台にしたのも良かったと思う(雰囲気は抜群)。前作がサスペンスだとするとこっちはスプラッタ、視覚的な残虐表現や生理的嫌悪感をかきたてられる演出は見事である(本気で気持ち悪くなる)。ただ、テイストの変化を抜きに考えても、前作の高みには決して達していない。退屈なシナリオが多くて、夢中になったシナリオはごく僅かであった。しかもその大半がギャグシナリオだというのも、この手のジャンルとしては致命的ではないだろうか。要するに、シナリオが良くない。

 

実プレイは約15時間。腹を抱えて笑えるギャグはあるが、ホラーゲームでギャグが一番楽しめたって、それはダメだろう。妄想篇や惨殺篇など、本編とは関係ない部分のほうが面白かったし、かまいたちの夜として失敗していると思う。音楽良し、演出良し、システム良し、シナリオ悪し。独創的な続編形態など、作り手さんの意気込みは買うけれど、あまり良いゲームとは思えなかったなぁ…。

 

などなど、偉そうに書いたが、値段ぶんは楽しめた。決してクソゲーではないが、前作と比べると残念なゲームである。

 

↓オープニングムービーは最高にホラーかつスタイリッシュで素晴らしい。

かまいたちの夜2 OP

『最果てのイマ』クリアしたので感想を。

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 ―――彼らはいつも7人だった。

特殊能力を持つ少年「貴宮 忍」。彼には、幼いころから心を許している友人が7人いた。
放課後、町外れの廃工場が彼らのたまり場。彼らにとってその場所は、誰にも邪魔されることのない空間。
家庭でも世間でもない安息の場所であり、《聖域》だった。
人と人は傷つけ合う。どんなに親密でも衝突は避けられない。
しかし、 たとえ接触が傷つけあいだとしても、それは相手が実在することの証拠となる。
だからこそ生身の絆はかけがえのないものとなるのだということを……
7人の間で繰り広げられる、理解と共感、反発と衝突。そして思春期の淡い恋愛感情。永遠に続く友情。
そんなまどろみのような幸せの中に、ずっといられる―――はずだった。

Amazonより)

 

最果てのイマ』は2005年にザウス【純米】よりPCゲームとして発売された18禁のアダルトゲームで、シナリオゲーの名作『CROSS†CHANNEL』で知られる田中ロミオさんがシナリオを手掛けている。筆者はこの度、『CROSS†CHANNEL』で楽しませてくれた田中ロミオ作品であることとパッケージの雰囲気、そして「ジュブナイルアドベンチャー」というジャンルに惹かれて購入してみた。なお、プレイしたのは全年齢向けに性描写がカットされたPSP版なので、PC版とは多少仕様が違うかもしれない。だからPC版の感想としてはこのページは機能しないと思うが、とにかくクリアした感想をここに書く。一応、ネタバレに関することは書かないつもりではいるが、このゲームについて語るには多少なりともその構造部分について触れなければならない。そのため、まったく新鮮な気持ちでプレイしたいと思っている人は、ここでこのページを去ってもらいたい。実際、筆者も前情報を入れてからプレイしていたら印象はかなり違ったものになっていたと思う。

 

それでは…

このゲーム、「難解」という一言に尽きる。筆者はこれまでいろいろなテキストアドベンチャーゲームをプレイしてきたが、このゲームの難解さはその中でも断トツで一番だった。というか、いまだにどういう話だったのかイマイチ理解できていない。だからある意味、以下に記述する筆者の感想は的外れなものなのかもしれないということをここで忠告しておく。というのも、このゲームは基本的には、とある廃工場に集まる男女八名の青春ものではあるのだが(そういうものを期待して購入したのだが)、実際それはごく一部の要素でしかない。だから筆者のようにジュブナイルアドベンチャー」という触れ込みに期待して購入した人たちは驚き、あるいは失望を味わうと思う。「難解」と上述したように、このゲームはそんな軽い気持ちで挑むべきゲームでは全くなかったのだ。

 

ジュブナイルアドベンチャー」としてプレイし始めた序盤の10時間、筆者は、典型的な青春ものの型どおりに魅力的なキャラクター達の掛け合いが続き、センスの良いやりとりやギャグに溢れるこのゲームを期待通りに楽しんでいた。豊富なイベントCGや声優さんたちによるフルボイス、そしてあくまで物語を支えるべく静かな存在感を発揮するBGMはなかなか魅力的だった。しかしその中で時折「…ん?」と引っかかる世界設定が垣間見える。何かがおかしいというか、何かの伏線であろうことをある程度察しながらプレイし続けると、少しずつダークな色を見せ始め、胸を締め付けられるような小学生のイジメシーンなど、読んでいてしんどい要素がでてくる。そして中盤以降はジャンルが変わったのかと思うほど鬱的・病的な雰囲気が強くなっていき、終盤・後半部分は序盤の常識という常識をことごとく覆していく展開のオンパレードだった。

この構成は同作者の『CROSS†CHANNEL』と似ており、あっちも「実は主人公たちは~~~だった」というある種のどんでん返しがあったわけだが、本作においてはそれがやり過ぎだったように思える。ちょっと序盤と終盤で物語上のギャップがあり過ぎる。だれがハードSFになると予想できたんだ? ある意味詐欺に近いだろう。序盤の物語に終盤の展開は必要ないように思えるし、終盤の物語において序盤は不必要に長い。要するに、地続きの物語としては無理があるように思えた。

また地の分が非常に硬く、不必要に硬い表現を多用しているのも読みづらくてしんどかった(これについては一応道義づけがされているものの、だからといって難点にならないわけではない)。過剰な蘊蓄や設定の解説は物語のテンポを致命的に悪くするし、真の意味で中二病といえるほどのシナリオ(これは良い点でもあるが)は筆者には合わなかった。なんというか、作者の自己満足でしかないように思えたのだ。個人的には『CROSS†CHANNEL』で感じた田中ロミオという作家性の悪い部分が非常に多く詰まったゲームであるなという認識でいる。

 

クリアまで約40時間、大ボリュームの壮大なSF物語だったけれど、筆者は苦手な部類だったようで、最初の20時間以降は苦痛だった。しかし快適なゲームシステムや豊富なイベントCG、設定が凝りに凝られた物語は、相性が合う人にはこの上なく楽しめるゲームになるとは思う。またゲームという媒体でしか成立しないエンターテインメントとして成立しており、よくこんなゲームを創ったな、と感嘆する。だから、「筆者には合わなかった」という一本だった。めちゃくちゃ濃い作品であることは間違いないので、楽しめなかったのは筆者の知識・認識不足が原因かもしれない。

 

なんどか笑ったシーンもあるし、序盤の掛け合いやキャラクターはかなり楽しめたので、筆者にとっても駄作ではないが、うむ…何とも言えないゲームだ。というか筆者がプレイしたのは全年齢版なのに、普通にどぎつい下ネタ(生理ネタには爆笑した)やディープキス(なんとチュパ音まであり)、ロリ的にアウトなシーンもあったんだけど、ちゃんと審査したのだろうか…? 『CROSS†CHANNEL』の時も思ったが、田中ロミオ作品は(良い意味で)本当に病的な感じがして凄いと思う。

というわけで、読んでくれてありがとうございます。

 

lemuridae.hatenablog.jp

 

 

『この世界の片隅に』 今さらながら感想を。

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昨日、異常なまでに評判の良いアニメーション映画『この世界の片隅に』を観てきた。今や世評も定まり、一部では昨年度ナンバーワンの評価もされているこの映画。筆者の期待値も上がりに上がっていたのだが、結果 期待を裏切られることもなく非常に楽しむことができたため、今回はその感想を書くことにする。なお、公開から既に数ヶ月たっているので、もうネタバレしても良いだろう。この記事にはネタバレが含まれるため、未見の人はここで帰ってほしい(というかほぼ、見た人向けのページである)。

 

それでは…

実はこの映画、評判が良いのは知っていたんだけど、劇場はスルーして円盤の発売を待とうと思っていた。というのも、上映館数があまり多くないこともあり、筆者としては、ちょっと遠出しないと観ることができないのだ。それに戦争映画って観賞後に落ち込んでしまうしな〜と思ったりして、なかなか重い腰をあげる気にならなかった。だけども数日前、この映画の監督を務めているのが、あの二丁拳銃ガンアクションアニメ『ブラックラグーン』と同じ、片渕須直さんであるという事実を知り、その作風の広さに驚愕するとともに興味を惹かれたため、劇場に足を運んでみた。結果、今まで観に行かなかったことに後悔し、同時に劇場で観ることができて良かったと思った。

 

この映画って、本当になんか独特な作品だと思う。今まで観てきたどの戦争映画とも違って、なんというか、ほのぼのしてるし、コメディだし、ゆるい。主人公の すずさん はほわ〜っとしてて可愛いし、なんか戦時中版けいおん!って感じ。すずさんの、大状況にいながらもマイペースさを持ち続け、それゆえに世の中を客観的に見ている感じが、自伝漫画における水木しげるみたいだな〜と思いながら観ていたら、中盤で腕を失ってしまうシーンがあって、本当にビックリした。失った手が、利き手かそうでないかで凄い差が生まれるんだな~と。想像力を奪われるということは残酷なことである。

 

凄いな~というか、本当に敬意を抱かざるを得ないのが、この映画で描かれる人たちがみな、どれだけ悲惨な状態でも、今現在を精一杯楽しんでいるところ。能天気というかなんというか、押しつけがましさがないぶん、より視聴者に委ねてくる部分が多い。道端の片隅にある雑草をあんなに楽しそうに料理してるシーンなんて見たことなくて、笑っちゃいけないんだろうけど笑ってしまう。クソまずい米の炊き方をしたり、嫁ぎ先の苗字を知らなかったり、二言目には「あちゃ〜」って言って頭をかいてるゆるい女の子が、時代という大きなうねりの中で追い詰められ、片隅にすら居場所を与えられない世界の残酷さと、奪われるものの悔しさ。敗戦という言葉の重さと、筆者とほぼ同い年の女の子が頑張る姿、その強さ、女性の強さに何度も泣かされました。何気ない日常から見える世界の姿と、決して涙を見せなかった主人公を、あのゆるいほのぼのした女の子を、地べたに這いつくばらせて泣かせるあのシーンは、ああ!やめてくれ!ってなって、筆者はボロボロ泣いてしまった。

 

実際に すずさん みたいな人がいたのかはわからないけど、非常にリアリティがあり、キャラクターのその後が知りたくなる良い映画だった。見る前は重苦しい映画なんだろうと思っていたけど、実際には(重いシーンもあるものの)テンポよくゆるいシーンが続く見やすい映画でした。二時間越えというアニメーション映画としては長い上映時間も苦ではない。確実に日本映画史に残る一本だと思うので、必見である。空襲や大砲の爆音の怖さは劇場ならではのものだと思うので、筆者は公開している間にもう一度は観に行こうと思う。

 

というわけで、読んでくれてありがとう。

『LUPIN THE IIIRD 血煙の石川五ェ門』ネタバレ抜きで感想を。

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ルパン一家の若き日の姿を描くスピンオフシリーズ「Lupin the Thirdシリーズ」。その最新作である『LUPIN THE IIIRD 血煙の石川五ェ門』を観てきたので、ここにネタバレ抜きで感想を書く。まあ、とはいえネタバレ抜きにしようとしても、どうしても少しはネタバレしてしまうと思うので、全く前情報を入れたくない人は読まない方が良いと思う。

 

それでは…

本作はルパン一家の中でも最も戦闘能力の高い居合の達人、石川五ェ門を主人公としたスピンオフという触れ込みだったが、実質的には『ルパン三世』という作品の枠の中で五ェ門にスポットを当てた話という感じだった(まあこれは前作もそうだったので、だいたいわかっていたのだが)。時間軸としては前作の数ヶ月後に当たるらしく、70年代の日本を舞台としている。おそらく緑ジャケットのファーストシリーズ5話から7話の間?に位置する舞台設定なのだろう。まだルパンたちと五ェ門は仲間になっていないのだが、それでも互いの実力を買っているという関係性が良い。そしてルパン一家が全員若くてとがっているのが嬉しい。優しいおっさんルパンはどこにもいないのだ。

基本的な雰囲気は前作と同じであり、監督の小池健の作風が強く出ている。非常にスタイリッシュでハードな表現が満載だ。前作は次元大介が強敵と「世界最強のガンマンの座」を奪い合う話だったわけだが、今作は五ェ門の雪辱と精神的な成長を描いた復讐劇である。アニメーション、ひいては実写作品でも敬遠されがちな、刃物で斬られた人体の描写が非常に生々しく描かれており、日本刀の美しさと同時に、その恐ろしさを視覚的に伝えてくる。筆者は刃物って怖いな〜と、わりと本気で思った。鋭利なもので身体を切られる感覚は多少なりとも知っているので、画面からの「痛さ」が半端じゃない。本作はPG12指定の作品だけど、実質的にはR15指定レベルのハードな表現が満載なので、過激なシーンが苦手な人には注意が必要だろう。

そして本作は、おそらく『風魔一族の陰謀』以来の五ェ門がメインを張る作品だったわけだが、今回はまだまだ初登場時の雰囲気をまとった、とがってる頃の五ェ門が主人公であるため、いつもの五ェ門が見たいという人にはオススメできない。ルパン一家からも愛されているカワイイ末っ子キャラの五ェ門を見ることはできないからだ。しかし、本作の若い五ェ門も非常に魅力的なキャラクターであり、自分の実力に増長し、派手な紋付袴に装飾の施された刀を持っているところなんかは、ストレートに五ェ門の若さを象徴していて非常に良かった。大塚周夫ボイスの頃の五ェ門、または目つきが人殺しの頃の五ェ門に魅力を感じる人ならば楽しめると思う。

今回の不満点をしいてあげるなら、敵がまんまロジャー・ムーア時代の007の敵キャラ「ジョーズ」のキャラクターであることと、前作もそうだったのだが、CGのモブキャラが浮いていたところだ。特に敵キャラは魅力的なのに根本的な設定が他人の袴でなんだかな〜と思った。まあ、しいてあげるならだけど。

 

というわけで、これ以上はネタバレになりそうなので言及しないことにする。五ェ門の登場と共に、とがってる頃のルパン一家の掛け合いが観れたのも嬉しかった。どうやらこのシリーズ共通の黒幕として、あの劇場版1作目の強敵の存在が示唆されているため、そのうちリメイク版でも公開するんじゃないかな。

非常に楽しめたので、ハードなルパンが観たい人は劇場に急げ!

 

『デイグラシアの羅針盤』感想と紹介。

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「どうすれば、彼女たちは生きてあの海を出ることができたのか。
もし、違う選択をすれば、結果は変わっていたのか」

2033年8月1日、
深海遊覧船<sheepⅢ>は水深700mの海底に沈んだ。

一瞬にして失われた50名の生命。
残された者たちは、閉ざされた深海で生存への道を模索する。

だが、その水底には、彼らが予想もしなかった脅威が潜んでいた。

“二人の生存者”の片割れは、
繰り返す記録と記憶の果てに、彼女たちを救うことができるのか。


「生存者を決めるのは、あなたです」

これは正解のないノベルゲーム。

 

(出典: http://catalyst-games.com/#story

 

『デイグラシアの羅針盤』は同人サークル カタリストが製作したWindows専用のSFサスペンスADV。海底に沈没した深海遊覧船 SHEEPIII(しーぷすりー)、そこに取り残された者たちの脱出劇を描いている。この作品は2002年にKIDから発売されたテキストアドベンチャーゲームEver17』にリスペクトとオマージュを捧げたゲームとして一部の界隈で評判になっており、Ever17を愛してやまない筆者もようやくプレイした次第だ。そしておよそ1カ月近くかかってようやくクリア! 最近忙しかったからなあ…。

というわけで、ここに『デイグラシアの羅針盤』の感想と未プレイ者への紹介を書こうと思う。なお、本作は作り手さんたちの『Ever17』への愛が感じられるゲームであり、「クリアした時に、その作者が親友で、電話をかけたいときにはいつでもかけられるようだったらいいな」と、そんな気持ちにさせてくれるゲームだった。ゆえに公平な感想 紹介にならないかもしれないが、なるべくドライに、客観的に評することを心掛けるつもりだ。

『デイグラシアの羅針盤』OP

 

 
Ever17オマージュ作品”という前評判、それはある意味、筆者にとって非常に高いハードルを意味していた。というのも、下手にパクってるだけだと不快になるだろうことは目に見えていたからだ。しかしこの作品は、そのハードルを飛び越えうる魅力を持った名作であった。

まずはパケッージを始めとする作品全体の雰囲気が『Ever17』を筆頭とするinfinityシリーズらしさを出しているところが嬉しいのだが、雰囲気や外観にとどまらず、そのシナリオも負けず劣らずの完成度を誇っている。個性的なキャラクターの紹介から事件に巻き込まれていく導入。時に楽しく、時に恐ろしい閉鎖空間での人間関係と集団心理。おおよそ深海パニックに必要な要素が網羅されていながら、そこにADVならではの丁寧な描写が積み重ねられているのは非常に魅力的だ。そして公式で“正解のないノベルゲーム”と謳うだけのことがあり、クリア後の解釈もプレイヤーそれぞれで異なる造りになっている。こういう作風は好きだな。

また、設定や科学考証がしっかりしている(少なくとも無知な筆者は納得できる)から、普通に勉強になる。よく勉強して作られた作品なんだなと感心した。かっこいいワードが出るたびにメモしてしまい、おかげで良い感じの雑学が身についたりした。

さらには、キャラクターデザインが親しみやすく、キャラクターごとに赤、青、緑、など色が分けてあるのも良い。キャラクター性がビジュアルにそのまま反映されているので、非常にとっつきやすい。音楽も作品世界をうまく表現しており、深海のイメージをプレイヤーに伝えてくれる。またあえて音楽を流さないことで、光の届かない深海の闇と存在感を出す演出なども見事である。

そしてここまで何度も『Ever17』っぽいということを書いたが、実は本作は、全体的な雰囲気や舞台などを除いて考えると、そこまで『Ever17』の構造を真似てはいないから、本質はあまり似ていないようにも感じる。つまりは本作独自の魅力が健在であるということだ。

 

しかし残念ながら同人ゲームゆえのビジュアルの弱さも垣間見える。イベントCGはかなり少なく、また立ち絵のバリエーションも少なくはないのだが、それぞれの立ち絵にあまり変化がない。だからアドベンチャーゲームの利点である、文章と視覚からくるテンポの良いストーリー展開があまり見られない。プレイ中に何度か感じた、テキストだけで進行されてしまう重要なシーンに視覚的な補助があれば、もう少しダレずにプレイできた気がする。ノベルゲームにしては小説的な脳の忙しさが感じられた。

また音に関しても、どうしても普段商業用のゲームをプレイしている筆者は物足りなさを感じてしまう。BGMは阿保剛イズムが感じられて完成度が高いのだが(Never7っぽい)曲数が多いとは言えず、効果音はなかなかによろしくない。特に、我々に最も海を感じさせてくれる波の音くらいは、もう少しこだわって欲しかった。あとこれは仕方ないのだが、同人ゲームゆえにキャラクターボイスが収録されていないので、ドラマ的な盛り上がりに欠けてしまう。やはり役になりきった声優さんの演技が話を盛り上げるんだなと再確認した。 

 

 

少し苦言のようなことも書いたが、非商業作品と考えるならば満点をあげても良い完成度である(筆者は何様なのだろう…)。全てのキャラクターが魅力的であり、久々に心から楽しめるノベルゲームだった。クリア後の余韻も素晴らしい。終盤の展開や演出なんかはほんと、感動しました。カタリストのみなさん、ありがとう。筆者も『Ever17』ファンとして、こんなゲームを創ることができたら良いな~とか思った。

というわけで、読んでくれてありがとう。

 

 

 無いものねだりだけど、音声付きだったら最高だったんだけどなあ…。

[同人PCソフト]デイグラシアの羅針盤

[同人PCソフト]デイグラシアの羅針盤

 

 

 

lemuridae.hatenablog.jp

個人的には『ルートダブル』らしさも感じたので関連として挙げときます↓

lemuridae.hatenablog.jp

 

私的な文句・愚痴vol.5 表現規制

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映画やゲームに触れていると、どうしても気になってしまうのが表現規制、いわゆるレイティングというやつである。特に海外ゲームの日本版に多く見られるのだが、残酷な表現や性的な表現に規制がかかって見えなくなっていたり、なんならカットされていることも少なくない。今回はこの表現規制についての文句というか愚痴を書こうと思う。

 

まず、「表現規制は必要か?」と聞かれると筆者もこう答える、「もちろん必要だ」と。テレビでかっこよさげにドラッグを使用してるシーンなんか映すべきじゃないし、過剰なスプラッタ表現でお茶の間の空気を壊すようなことはすべきではない。そんなことは当たり前である(昔はスプラッタ映画とかもテレビ放送してたみたいだし、ホラー映画くらい放送しても良いと思うが)。そんなことはわかってるうえで筆者が文句を言いたいのは、どうして18歳未満が購入できないゲームソフトでも規制されなきゃならないのかということだ。

実際問題として、毎回がっかりさせられるのだ。『ゴッドオブウォー』しかり『ラスト・オブ・アス』しかり、日本で発売されるバージョンだけ規制がかかっている。どうしてなのか。どうして日本はこんなにもゲームに規制をかけたがるのだろう?

筆者は以前、『アンティル・ドーン 惨劇の山荘』というゲームをプレイするのを心待ちにしていたのだが、購入をやめた。なぜかというと、日本版は規制によって残酷なシーンで画面が暗転してしまい、何が起こっているのかわからなくなっているからだ。ここで言いたいんだけど、“雪山の山荘に集った8人の男女が謎の殺人鬼に襲われる惨劇を描いたホラーアドベンチャーゲーム”という触れ込みで、18歳未満は購入できないこのソフトをわざわざ購入する人の中に、残酷表現を好まない人がいるだろうか?

いないだろ。

 

公共の福祉という言葉があるように、過激な表現を大衆の目に無理やり入れる必要はない。しかしゲームとか映画というものは、R指定とかCEROのレイティングとか、住み分けがきっちりできてるんだから、そこを超えての表現規制は勘弁願いたい。というかどんなに規制したところで、この電脳時代である。どんなにヤバい映像だって簡単に検索できてしまうんだから、規制の意味もそんなにない気がする。

たぶん筆者が思うに、何にでも規制をかけたがる人は悪い人ではない。ただそういう人たちは異様に過保護で、過激な表現を目にするたびに「この表現は消費者にはショッキングすぎる!」と勝手に判断して我々を必要以上に子ども扱いしているバカなのだろう。はっきり言ってそれ、ありがた迷惑だから! 偉大な兄弟に見守られたくないわ!

ロボコップR指定じゃなくなり、テレビではジブリアニメかハリーポッターしか見ることができない今、再び表現の自由をここで主張したい。

というわけでこの記事はここで終わる。読んでくれてありがとう。

 

というか『我が闘争』とか『ライ麦畑でつかまえて』とかのほうが悪影響が強そうなのに普通に手に入るよな…いや、規制しろと言ってるわけじゃなく優先順位が分からん。