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オタクノ作る時間

バイトと学校を除くとほぼ引きこもってる学生のブログ。主に映画の感想とノベルゲーの紹介。週一更新から不定期に移行。

私的な文句・愚痴vol.5 表現規制

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映画やゲームに触れていると、どうしても気になってしまうのが表現規制、いわゆるレイティングというやつである。特に海外ゲームの日本版に多く見られるのだが、残酷な表現や性的な表現に規制がかかって見えなくなっていたり、なんならカットされていることも少なくない。今回はこの表現規制についての文句というか愚痴を書こうと思う。

 

まず、「表現規制は必要か?」と聞かれると筆者もこう答える、「もちろん必要だ」と。テレビでかっこよさげにドラッグを使用してるシーンなんか映すべきじゃないし、過剰なスプラッタ表現でお茶の間の空気を壊すようなことはすべきではない。そんなことは当たり前である(昔はスプラッタ映画とかもテレビ放送してたみたいだし、ホラー映画くらい放送しても良いと思うが)。そんなことはわかってるうえで筆者が文句を言いたいのは、どうして18歳未満が購入できないゲームソフトでも規制されなきゃならないのかということだ。

実際問題として、毎回がっかりさせられるのだ。『ゴッドオブウォー』しかり『ラスト・オブ・アス』しかり、日本で発売されるバージョンだけ規制がかかっている。どうしてなのか。どうして日本はこんなにもゲームに規制をかけたがるのだろう?

筆者は以前、『アンティル・ドーン 惨劇の山荘』というゲームをプレイするのを心待ちにしていたのだが、購入をやめた。なぜかというと、日本版は規制によって残酷なシーンで画面が暗転してしまい、何が起こっているのかわからなくなっているからだ。ここで言いたいんだけど、“雪山の山荘に集った8人の男女が謎の殺人鬼に襲われる惨劇を描いたホラーアドベンチャーゲーム”という触れ込みで、18歳未満は購入できないこのソフトをわざわざ購入する人の中に、残酷表現を好まない人がいるだろうか?

いないだろ。

 

公共の福祉という言葉があるように、過激な表現を大衆の目に無理やり入れる必要はない。しかしゲームとか映画というものは、R指定とかCEROのレイティングとか、住み分けがきっちりできてるんだから、そこを超えての表現規制は勘弁願いたい。というかどんなに規制したところで、この電脳時代である。どんなにヤバい映像だって簡単に検索できてしまうんだから、規制の意味もそんなにない気がする。

たぶん筆者が思うに、何にでも規制をかけたがる人は悪い人ではない。ただそういう人たちは異様に過保護で、過激な表現を目にするたびに「この表現は消費者にはショッキングすぎる!」と勝手に判断して我々を必要以上に子ども扱いしているバカなのだろう。はっきり言ってそれ、ありがた迷惑だから! 偉大な兄弟に見守られたくないわ!

ロボコップR指定じゃなくなり、テレビではジブリアニメかハリーポッターしか見ることができない今、再び表現の自由をここで主張したい。

というわけでこの記事はここで終わる。読んでくれてありがとう。

 

というか『我が闘争』とか『ライ麦畑でつかまえて』とかのほうが悪影響が強そうなのに普通に手に入るよな…いや、規制しろと言ってるわけじゃなく優先順位が分からん。